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こうした経緯だけみても貴重な書物といえるが、一読して気づくのは、ボルヘスのことばや思想がいささかも古びていないことである。むしろ驚くほどみずみずしく、まるで昨日耳にしたようだといっても言い過ぎではない。ホメロスや荘子、シェイクスピアからコナン=ドイルまで、古今の詩や散文に言及して、隠喩や詩の翻訳、言葉の響きなどの題を自在に語りあげている。信じがたいことだが、当時ほとんど目が見えなくなっていたボルヘスは、メモを使用することなくこの講義をしとげたのだという。
語源にまでおよんで繰り広げられるボルヘスの詩論はもちろん魅力的だが、自身の文学遍歴にも少なからぬページを割いている。ボルヘスの愛読者にとってはこれだけで興味を引かれるだろう。
とはいっても、簡単に手の内を明かすボルヘスではない。わかりやすい創作秘話をさらけ出してくれるわけもなく、彼の内面は、時折こぼれる言葉のはしばしから読者ひとりひとりがすくい取っていくことになる。「人は、読みたいと思うものを読めるけれども、望むものを書けるわけではなく、書けるものしか書けない」「言語はまた音楽であり情熱であり得る」「作家であることは…自分自身の想像力に忠実であること」。こうした宝玉のような一節が次々に現れ、ことばの輝きそれ自体に魅了されてしまう。
だが、本書から垣間見えるのは、ボルヘスのかけらにすぎない。天空にまで達する巨峰、それがボルヘスなのだ。そのわずかな尻尾にすら眩惑されてしまうわれわれを、巨人は不敵な笑みで見下ろしている。そんな気がしてならない。(大滝浩太郎)
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