ハロルド・バッドはしばしばアンビエントのミュージシャンと呼ばれるが、彼がブライアン・イーノと何枚かアルバムを録音しなかったら(『Ambient 2: The Plateaux of Mirror』、『The Pearl』)、彼はきっと現代室内楽の作曲家になっていただろう。実際に彼がアンビエントの室内楽の名づけ親で、そのスタイルはせつなくも美しいメロディー、絶え間ないメランコリー、そして深淵な宇宙と大気の感覚が特徴。現在68歳のバッドはこう語っている。これが潮時で、自分は『Avalon Sutra』を辞世の句としてだけでなく、マイナーキーのキャリアの最高傑作として、去ると。 小作品がいくつも収録され、そのほとんどがあまりにも短く、バッドはストリング・カルテット、ジョン・ギブソンの風、アンビエントな雰囲気の中に自分のピアノを織り込んでいる。バッドの音は思い出に取り憑かれ、詩的なタイトルの多くが人生経験に由来しているようだ。数曲は「A Walk in the Park with Nancy (In Memory)」のように献呈されているものもある。のびのびとしたミュージシャン、バッドはしばしばその時々で曲を即興でやった。「Rue Casamir Delavigne」はキーボードの低音で組み立て、バッドのアコースティックとエレクトロニック・ピアノの内なる会話となっている。『Avalon Sutra』の固まったフレームにもこうした即興が他にも何曲かあり、内なるロジックはストリング・カルテットのアレンジ「Three Faces West」あるいは「L'enfant Perdu」で熟考されている。実際、バッドの即興はつねに、完全に作曲された音を出していた。ピアノの繊細な音が暖かい日につららを溶かしていくように。2枚目のボーナスCDもあり、アキラ・ラブレーによるエクステンデット・リミックスもある。ラブレーはバッドの小作品のひとつを取りあげて、さらに熟考できる域まで広げている。「As Long as I Can Hold My Breath (At Night)」はスローモーションの華麗な曲に変身。どちらのディスクを聞く時も、時間をとってゆったり聞こう。このあいまいで変形する世界に浸りたいから。きっとそうしてよかったと思うはずだ。(John Diliberto, Amazon.com)